「都市に、さわる。-既にあるものからまだない風景へ-」個展対談アーカイブ
竹村優里佳は、建築・アート・リサーチを横断しながら、自らの造語である「オープン・ノスタルジア(Open Nostalgia)」をテーマに活動しています。これは、土地に残る歴史や記憶、すでにあるものへの愛着を起点に、それらを現代の技術や新たな解釈と結び直し、未来の可能性へとひらいていく姿勢を表す言葉です。
その実践では、場所や物質の根源的な時間に目を向けるとともに、そこを訪れた一人ひとりが何を感じ、どのような記憶を持ち帰るかを重視しています。一時的な建築による集中的な実験から、10年以上をかけて場所に関わるプロジェクトまで、異なる時間のスケールを往復していることも特徴です。
本対談では、鶴橋の立ち寄り場「ヨルン」を設計した山口陽登さんを迎え、互いの実践を通して、素材や場所への信頼、異なるものが共存する空間、建築における一時性、そして建築家としての関わり方について語り合いました。以下では、そのやり取りから浮かび上がった論点と、竹村の建築観に寄せられたコメントを紹介します。

『都市に、さわる。— すでにあるものから、まだない風景へ —』
1.根源的な時間に立ち戻り、現在へ接続する
山口さんが竹村さんの建築観について指摘したのは、時間に向き合う方向の独自性でした。自身は現在の街や暮らしから過去を遡っているのに対し、竹村さんは、一度、太古の時間にまで身を置き、そこから現在を迎えに行くように建築をつくっている、と語りました。
この指摘は、オープン・ノスタルジアの思想につながるものとして読むことができます。過去を懐かしみ、その姿を再現することにとどまらず、場所や物質の根源に触れ、それを現在の体験として開き直す。その時間の接続に、竹村さんの設計の特徴が見いだされました。
山口さんはまた、竹村さんを、場所の現在の姿だけでなく、**「その姿になった根っこや理由を探りに行くリサーチャー」**と評しました。
2.リサーチした事実を、自らの解釈によって空間にする
竹村さんは、都市リサーチで得た情報を設計の根拠とする方法を学ぶ一方で、調査結果だけでは建築の豊かさを十分に生み出せないと感じたことを語りました。
そこで重視されるのが、調査したものを自分の中で再解釈し、組み替え、何を中心に据えるかを選び直すことです。歴史や痕跡は、そのまま保存・提示されるだけでなく、設計者の判断を通して、現在の人が関われる空間へと再構成されます。
この姿勢は、すでにあるものを手がかりに、まだ存在しない関係や風景を生み出すという、オープン・ノスタルジアの実践として捉えられます。
3.物質・建築・都市に蓄積された力を、現在の体験へつなぐ
竹村さんは、物質そのものが持つ力とともに、建築や都市、その場所に積み重なった時間や営みを、設計の拠り所としていると語りました。万博の計画では、夢洲という場所にその拠り所を見いだしにくい中で、歴史を持つ巨石を持ち込みました。一方、モンペリエでは、既存の中庭を信頼できる空間として受け止め、そこに新たな建築的体験をどう重ねるかを考えています。
この二つに共通するのは、建築を構成する素材や場所を、時間や記憶を宿す存在として扱うことです。その力には、石の物性や質量、建築に囲まれる感覚に加え、都市に受け継がれてきた空間や人の営み、それらが生み出す固有の気配も含まれます。**目に見えるものと見えないものの重なりが、その場所の存在感を形づくっています。**山口さんが竹村さんを、場所の現在の姿を起点に「その根っこや理由を探りに行くリサーチャー」と評したことも、この姿勢につながります。
残念石の歴史を知らなくても、その大きさや質感に驚くことはできる。中庭や街に蓄積された時間も、光や音、空間の奥行き、人の営みを通して感じ取ることができます。そこには、知識を介する入口と、身体で直接受け取る入口が、ともに開かれています。山口さんが建築と周囲の街や人々との関係を重視するのに対し、竹村さんは、そうした場所に身を置いた一人ひとりの内側に、どのような感覚や解釈が生まれるかに関心を向けています。
過去との接続は、歴史を説明することだけで成立するのではなく、今ここにある物質や建築、都市に触れ、身体で感じることからも生まれると読み取れます。そこに宿る時間や気配を、現在を生きる人の感覚や記憶に結び直し、まだ知らない風景との関係を開くこと。その姿勢に、オープン・ノスタルジアとの接点が見いだされます。
4.一人ひとりの内側に、異なる意味が立ち上がる
対談では、二人の「ポリフォニック」という言葉への向き合い方にも違いが表れました。
山口さんは、素材や人々がそれぞれのあり方を保ちながら調和するために、関係性を設計することを重視します。竹村さんは、同じ場所を訪れても、人によって異なる感覚や解釈が生まれることに関心を向けています。
残念石の建築を、トイレとして使う人、歴史に関心を持つ人、巨石に驚く人、加工技術を楽しむ人。それぞれの受け取り方が成立することに、空間の多層性があります。
オープン・ノスタルジアにおける「開かれていること」も、ここでは、過去や場所の意味を一つに確定せず、訪れた人が自分自身の経験や記憶と結び直せることとして捉えられます。
5.機能を超えて、大切なものを浮かび上がらせる
山口さんは、自身の「役に立つものをつくりたい」という姿勢に対して、竹村さんは、役に立つこと以上に大切なものを、いかに浮かび上がらせるかを重視している、と指摘しました。
その例として挙げられた能楽師の存在は、機能や合理性だけでは説明しきれません。それでも、その空間にはその存在が必要であるという判断があり、竹村さんはそれを実行する。山口さんは、その姿勢を竹村さんの建築観の重要な根幹として評価しました。
このコメントは、建築の価値を、用途や利便性に加え、普段は見えにくい時間、感覚、存在の意味を立ち上がらせる力に見いだすものです。
6.一時的な建築/建築におけるエフェメラリティが、記憶の中で永続する
竹村さんは、一時的な建築を、その時、その場所でしか確かめられないことを実験する機会として語りました。身体で空間を理解することや、素材、音、動きによる知覚の変化は、実際に空間を立ち上げることで初めて検証できます。
ここに、今回補足された「記憶や体験の中での永遠的な建築」という視点を重ねると、エフェメラリティはさらに広い意味を持ちます。
物理的な建築が姿を消しても、その場所で感じたことは、体験した人の記憶や身体感覚の中に残り、その後の風景の見方にも働きかけ得ます。一時的な建築は、限られた時間の体験を通して、一人ひとりの内に永続する建築となり得る。
オープン・ノスタルジアとの関係では、建築は既存の記憶を受け取ると同時に、未来に持ち運ばれる新たな記憶を生み出すものでもあります。これは、対談で語られた一時的な実験の考え方を、今回の補足によって発展させた捉え方です。
7.長い時間をかけ、場所の暮らしに関わる
山口さんは、高野山での活動について、竹村さんの長い時間軸への関心が、現在そこに息づく暮らしと出会う重要なプロジェクトになる、と期待を寄せました。
竹村さんは、一時的な建築で得た発見を、高野山や山寺など、10年以上かけて関わる場所へ持ち帰りたいと語っています。短期間に集中して試すことと、長い時間の中で定着させることが、循環しています。
山口さんは、こうした関わり方を、建築家が問題を解決して去る「ヒーロー」から、場所をともにつくる「チームの一員」へ変わっていく表れとして捉えました。
このコメントからは、オープン・ノスタルジアが、過去や記憶に対する設計思想であると同時に、自らも場所の時間の中に入り、人々と関係を育てながら未来へつなぐ実践の姿勢としても読み取れます。
総括
今回の対談を通して浮かび上がったのは、建築をつくることが、すでにある物質や場所、都市に蓄積された時間と、現在を生きる人との関係を結び直す行為でもあるということです。山口さんが語る、異なる存在が響き合うための関係性や形式の設計と、竹村さんが探る、場所の根源的な時間や一人ひとりの身体的な体験。その交差から、建築の多層的な可能性が見えてきました。
竹村さんの「オープン・ノスタルジア」は、過去に宿る記憶や気配を、現在の感覚を通して未来へひらく思想として捉えられます。一時的な建築も、物理的な姿を失った後、体験した人の記憶の中で生き続ける可能性があります。そして、その場で得た発見は、高野山や山寺での長期的な実践へと持ち帰られていきます。
原初の時間から現在へ、一時的な体験から記憶の中の永続性へ、そして未来の暮らしへ。異なる時間をつなぎながら、自らも場所に関わる一人として、その変化をともに育てていく。今回の対談は、そうした竹村さんの建築観を言葉にするとともに、これからの実践に向けた問いを開く機会となりました。
『都市に、さわる。— すでにあるものから、まだない風景へ —』
竹村優里佳 個展関連トークセッション
日時:2026年10月25日(日)17:00–18:30
会場:鶴橋の立ち寄り場 ヨルン登壇:山口陽登(YAP)× 竹村優里佳(Yurica Design & Architecture)構成・編集:竹村優里佳
編集協力:ChatGPT(対談内容の要約・整理、文章構成の補助)
※本文は対談をもとに再構成し、竹村優里佳が確認・加筆・編集しています。対談後の補足を含み、発言の逐語録ではありません。





コメント